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2011.08.04

福よ、興れ。

正直に言えば、ずっと拭えない罪悪感のようなものがあった。チャリティライヴをやっても、いくら募金をしても、本人にそのつもりはなくても、結局は僕がいちばんそうありたくはないと思っていた、「実際に被災してもいない他所者が、遠くから小声でガンバレと言っているだけ」に過ぎないのではないか、と。


震災から5ヶ月が経とうとしている今、原発事故の状況は相変わらず深刻で、遂に10Svというとんでもない数字まで出てきてしまう始末だけれど、地震や津波で被災した町や人々のニュースは、そのせいで少しずつ霞みつつあって、はっきり言って東京ではもう震災は「なかったこと」になっている、気がした。そんなことないよ、という人もいるだろうけど、少なくとも僕にはそう思えたし、肝心の僕自身の中で、震災のことが風化しつつあることがたまらなく怖かった。


7月のシフトで思いがけない連休をもらえたことで、決心がついた。被災地へ行く。ボランティアで。自分に何ができるかわからないし、何をすべきかもわからないけれど、きっと足を運ばないことには何も始まらない。そう思った。あれこれとネットで情報を掻き集めているうちに、旅行会社主催のボランティアツアーがいくつも開催されていることを知り、僕は7/29~31の二泊三日、宮城県の南三陸町行きのツアーを選んだ。
南三陸町は宮城県の中でも最も被害が甚大だった地域で、ほぼ町ごと津波に飲み込まれてしまった場所だ。そんな町で、一日も早く町が、人が、復興するように、そして、いつの日かこの場所から「福」が「興る」ように、と、被災者の方々自らが企画された「福興市」というイベントが毎月開催されている。僕たちの仕事は、その会場設営のボランティア活動と、実際に「福興市」で買い物をして経済的支援をすること、同じように経済的打撃を受けている温泉地のホテルに泊まること、の三つ。
瓦礫の撤去や泥の掻き出し、食事の炊き出し、物資の提供、などなど、もっと直接被災地や被災者の役に立つ方法はたくさんあるにもかかわらず、なんだかこれっぽっちのボランティアでいいのか、と申し訳ない気分もあったが、現地で活動するボランティアの方や、被災者の方が口々に言ってくれた、「来てくださってありがとうございます。それだけでまず、嬉しいんです」という言葉に、まずは縋ることにした。


東京を夜行バスで出発したのは、小雨が降り出した29日23時。心配していた乗り物酔いも全くなく、今まで夜行バスで眠れた試しがないのに爆睡。いざ南三陸町に到着したのは30日の朝7時頃、こちらも生憎の空模様。
わざわざバスまで挨拶に来てくださったのは、これからお世話になるボランティア団体の方と、かつては観光ガイドとして現地で働かれていて、被災された後は「語り部」として当時の様子を語り継いでいるガイドの方お二人。彼らに導かれて、まずは現地を直接歩いて回ることに。

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足を、踏み出す。

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南三陸町志津川の町並みを見下ろす高台にある、志津川中学校前からの眺め。何もない風景が広がるが、ここはかつてたくさんの家々があった場所。この町では今もなお、新たな遺体が発見され続けているそうだ。

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草花が少しずつ芽蕗いている。僕はずっと「to U」のあるフレーズを思い出していた。

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南三陸町役場防災対策庁舎。建物全体が津波に襲われ、屋上で助けを求めていた人すら流されていった場所。津波に飲み込まれる直前まで、防災無線で住民に避難を呼びかけていた、女性職員の方のエピソードはご存知の方もいらっしゃると思う。ここで一同、亡くなられた方々へ黙祷を捧げる。

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誰かの思い出の品だろうか。いつか持ち主の元へ届くことを願うばかり。

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仮設住宅の建設は着々と進んでいる。が、様々な事情により希望する人全員が入居するとは限らないらしい。仕事もなく身寄りもなく、買い物も不便な場所での「自活」が困難であることは、僕にも少しは想像がつく。

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森の木々が茶色く変色しているのは、潮で焼けてしまったのだという。襲いかかってきた津波の高さを物語る。

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未だ手つかず、屋上に乗り上げたままの車が一台。


ガイドの方が仰られる通り、確かに瓦礫は大幅に片付けられている。それでも当時の出来事を(さぞかしお辛いであろうに)語ってくださるうちに、どうしても流れる涙を止められない姿を、僕は直視できずにいた。どれだけ町が綺麗になっても、建物が整備されても、そう簡単に人の傷なんて癒えるわけがないと、僕らはもっと思い知るべきだ。


一路、翌31日に開催される「福興市」会場となるスポーツ交流村へ。降ったり止んだりを繰り返す中、肝心のテント設営の時間に限って大雨。レインコートも軍手も役立たないほどに全身びっしょり。それでも地元の方々やボランティアの方々は全く気にせず働く働く。てきぱきと、きびきびと。そんでもって、みんな元気。そして笑顔。
ほぼ全てのテントが出来上がったのを見届けた後、明日のイベントの成功を祈りながら、会場を後にして宿泊先の秋保温泉へ。(真面目にボランティアしてたのでこの間の写真はありません。念のため)


ホテルは6人相部屋だったので人見知りの僕としては緊張していたのだけれど、長距離の移動とボランティアでの疲れのおかげで21時過ぎには眠ってしまい、そのまま朝を迎えたので緊張するヒマもないまま最終日。早速「福興市」会場へ。

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結局この日も雨での幕開けとなったものの、午後には晴れ間も覗いて、最終的には18000人(!)もの人出で大賑わいだったとのこと。よかった!


「ボランティアに行ってきます」としか言わずにいたので、さぞ世の為人の為になることをしてきたんだろうと思われている方もいそうで、半分は楽しんでてスミマセン、という気もしなくはないけれど、それでもいいから一度足を運んでみるといいよ、と本気で僕はお勧めをしたい。「行動力あるね、エラいね」みたいに言ってくれる人も多かったけれど、全然そんなことないよ。誰でもできるよ。そして、誰かの口癖じゃないけれど、行けばわかるものが、きっとあるよ。
僕は必ず、また訪ねようと思っている。


それにしても二泊三日、いろいろなものを食べさせていただいたけれど、いちばん美味しかったのは、おそらく被災地の方がにぎってくださったのであろう、到着初日の朝、バス車中で食べたごつごつしたでっかいおにぎりだった。この場をお借りして、届く筈もない感謝を伝えたいと思う。

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