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2009.04.18

まっくら森の闇の中では。

緑内障の疑いがある、と告げられた日からずっと、いつか自分の目が見えなくなる日が訪れることを想像し、恐れていました。幸いにして、半年ごとの定期検診では今のところ進行が見られず、いつもと変わりない日常を過ごすことができていますが、防ぐための努力のできない病気だということが、僕を安心させてくれません。
 
そんな中、ふとしたきっかけで知ったひとつのイベントがありました。
「DIALOG IN THE DARK」

目以外のなにかで、ものを見たことがありますか?

暗闇の中の対話。
鳥のさえずり、遠くのせせらぎ、土の匂い、森の体温。水の質感。
足元の葉と葉のこすれる枯れた音、その葉を踏みつぶす感触。
仲間の声、乾杯のグラスの音。
暗闇のあたたかさ。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、まっくらやみのエンターテイメントです。

参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、
暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障碍者)のサポートのもと、
中を探検し、様々なシーンを体験します。
その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、
そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。


ずっと行きたいと思いつつ、気がつくとチケットがいつも完売だったのですが、今回縁あってチケットをお譲りいただけることになり(ありがとうございます)、やっと昨日、念願の初体験を果たすことができました。
 
 
とここまで書き進めたところで、僕のキーを打つ手がぱたりと止まっています。感動とも、衝撃とも違う、この体験から得た「何か」を、どうやってことばに表せばよいのか、ずっと書きあぐねているのです。でも、なんとかしてこの感情を誰かに伝えたくて仕方がないのもまた事実で。
百聞は一見にしかず、と言いますが、視覚を奪われた状態で体験するこのイベントは「一見」すらできないのです。なんとももどかしいのですが、ネタバレにならない程度に書いてみますね。
 
 
その空間は、一筋の光すらない、完全なる暗闇です。そこへ、そのとき初めて出会った人たちとひとつのユニットを組んで出かけます。手がかりになるのは、片手に携えた白杖、アテンドの方の案内、そして、声、音、手触り、温もり、空気の匂い、足から伝わる地面の触感など、視覚を除いたありとあらゆる感覚。そこがどんな場所で、どのくらいの広さで、どこに何があって、どんな色をして、どんな人がいて、その中で自分はどのあたりにいて、どちらを向いていて……いつもなら思いもよらないような「あたりまえ」が、何ひとつわかりません。でも、意外なことに、この空間だからこそ「わかる」こともたくさんあるのです。
音で距離感や方向を掴むということ。
人やものの気配を感じるということ。
声でそれが誰か認識するということ。
手を触れてそれが何かがわかること。
匂いでそこがどこか知るということ。
人を信じるということ。人の温かみ。
 
何度も周りの人にぶつかったり、手や体に間違って触れたりしてしまいながらも(ユニットの中には女性もいらっしゃったのですが)、そのことに対する不快感や抵抗感が面白いほどになく、手を繋ぎ、背中を追いかけ、先へ先へと進んで行きます。お互いに自然に声をかけ合い、名前を呼び合い、そこに何があるかを教え合い、共に進んでいるかを思い合います。普段の生活ではありえないスピードで、心を解放していることに気付くのです。何かを奪われているからこそ、何かを解き放とうとするのでしょうか。
どんな顔で、どんな服を着て、どんな年齢で、どんな肩書きの人でも、真っ暗闇の中では、誰もが「ただのひと」にすぎません。僕が朝起きて夜寝るまでの間外すことのないメガネも、何の意味も為しません。
 
最も自由にこの空間を泳いでいく、普段は「障碍者」と呼ばれるアテンドの方に導かれ、約90分間の旅はやがて終わりを告げ、仄かな灯りの部屋で語り合います。そして、並べられた椅子に思い思いに腰をかけたそのとき、僕たちはこの旅での最後の発見をするのです。
 
 
あんなに近くで会話を交わしていたユニットのメンバーとロビーで再会したとき、自然に少しずつヒューマンスペースが空いた状態で椅子に座ったのを見て、それもまた面白いなあ、なんて思いつつ、でもあのとき確かに感じた心の近さを、僕はたぶんずっと忘れないと思います。
いつか僕に訪れるかもしれない「その日」が、ほんの少しだけ、怖くなくなりました。みんなどうもありがとう。

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