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2009.04.28

デビューアンドデビュー。

今週の金曜日・5月1日は、いよいよ新しい職場へのデビュー日なのですが、もうひとつ、わたしにとっては記念すべき日なのですね。はい、ご存知の方はご存知かと思いますが「sola」のデビュー日でもあるのです!
2000年5月1日に初のミニアルバム「そらいろのうた」をリリースしてから、実に今年で丸10年目に突入するのでありました。普通10年も経つとさ、ギターだのピアノだの弾けるようになったりさ、そりゃもうべらぼーにうたがうまくなったりさ、とっくにCDの5枚や10枚リリースしてたりさ、するもんなんじゃないの。
 
それなりにこの年月には意味がある、と信じたい今日この頃なわけですが。
 
本当にかっちょええミュージシャンな方々とかはさ、「10周年? 単なる通過点に過ぎないッスね。関係ないッスよ」とかなんとか言っちゃって(?)知らん振りするのが美徳なのかもしれんが、あたしゃ自分から祝っちゃうもんねーっ。言わなきゃ誰も気付いてくれないかもしれないもんねーーーっ。たとえ全活動日数をぎゅうっと圧縮したら数ヶ月分にしかならなくても(汗)、たとえ一年に2回しかライヴしなかった年があっても、とにもかくにも、10年目なんだもんねーーーーーっ。
ぜえぜえ。
 
というわけで、これからの1年間、勝手に自分で自分をお祝いすることにしまして、ライヴとか、グッズ販売とか、グラビアとか、イメージビデオ撮影とか(笑)、あれやこれやとイベントごとを企画していきたいなあ、なんて思っとります。とりあえずゴールとしましては、来年5月にワンマンライヴをやりたいな、と。勿論、すんごいキャパのちっちゃいところでね(笑)。
いろいろ目論んではおりますが、いつものソラさんのことですんで、過剰な期待はなさらずに、テキトーにお待ちくださいませ☆
一応、CDのことも忘れてませんよ。最大限に善処したいと思います。。。
 
んで、10th anniversary企画第一弾として、MySpaceがやっとのことでオープンできそうなのでありました! まだまだ途中ではありますが、こーゆーことでよいのかしらん?(汗)
お時間に余裕があるみなさま、試しに覗いてみてやってくだせえ。んでもって、何かお気づきの点があればこっそり教えてくださいませ。フレンドリクエストなどもお待ち申し上げております^^
 
 
ところでどなたか教えてほしいんですけど。
「10周年」って「10年目に突入したその日」から数えてよいの?
それとも「まるまる10年経ったその日」からが初めて「10周年」なの?
僕、もしかして1年数えるの早まってたらどおしよ。。。ま、それはそれで。

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2009.04.27

どんなときもどんなときもどんなときも。

最近、中野駅の北口にフシギなストリートミュージシャン(?)がいるのです。今日も含めて何度か見かけているのですが、カラオケを流してツーステップを踏みながら一心不乱にうたううたは、何故か毎回マッキーの「どんなときも。」(笑)。とりたてて上手いわけではないのに、何か聴き流せないのがまた曲者で(笑)。徐々にギャラリーも増えてきているようなのですが、彼の正体は一体……。
 
 
本気で超節約生活に取り組まなければならなくなっているわたくし、本日またまた生まれて初めての体験をしてまいりました。「中古CDの買い取り」であります。ひーん。
もともと部屋にCDが溢れかえっていたこともあり、いつかはやらねばいかんコトではあったのですが、可愛い可愛いCDちゃんに優先順位をつけるのはしのびない作業でした。。。
「そこそこ価値がありそうなモノ」は価値をわかってくれそうな店へ、「そうでもなさそうなモノ」は近所のブックオフへ持ち込みまして、締めて63点、合計10,631円也。ま、妥当なセンなのでしょうかね。
 
それにしてもシングルCDって12cmでも今やほぼ価値ゼロなのねー。今年リリースのCDでさえ最初の店では買い取ってもらえませんでした。。。
しかも、ブックオフでは最低でも1枚10円で買い取ってもらえたのに、最初の店では1枚だけ買取価格「1円」ってのがあったんだよなー。自慢じゃありませんが、わたしはCDの保管状態には自信がありまして、帯もケースもブックレットも、勿論ディスクもばっちり美品だった筈なのに。中身が変わったわけじゃないのに、何千円かで買ったものが1円かあ。
そういうものだとわかってはいるし、その恩恵も被っているわけだけれど、やっぱなんだか、せつないなあ。
 
とりあえず、現時点での問題は売っ払うCDのチョイスを行なったがために、部屋じゅうにCDが100枚以上散乱しておりまして、確実に昨日より散らかっていることであります。ううう。

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2009.04.25

おかえり、ただいま。

というわけで、あと数日で僕の束の間のロングバケイションも終わりを告げるわけですが、うつ寸前だった自分のココロのリハビリという意味だけでなく、この時期にこうして思いのままに時間を過ごせたことで、たくさんの発見や出会いがあったなあ、と心の底からそう思います。そういう意味では、むしろうつに感謝してたりもして。
勿論、そんな余裕もなく日々「病」と「闘」っている人もたくさんいるわけで、うつに感謝だなんて軽々しく口にするのは不謹慎かもしれないけれど、いつか振り返ったとき、この数ヶ月の経験を僕はきっといとおしく思うだろうな、ってね、そんな気がしているんだよ。
 
もうすぐ新しい環境に飛び込むということは、また新しい壁にぶつかる可能性だって大きくて、せっかく穏やかになってきたココロがまた揺らぐこともあるかもしれないけれど、今日まで過ごした日々と、出会えた人々と、音楽があれば、その揺れと今までより少しはうまく付き合えるんじゃないかな、なんて。
子供の頃から乗り物酔いしやすいのは相変わらずだけど、いつの間にかバスにもタクシーにも酔い止めを飲まずに乗れるようになったし、そんな感じで少しずつ、ね。
 
 
ぽつぽつと、出会いの糸を紡ぐ日々も続いております。
カケジクと(思えば数年ぶりに)ニチョベロで語りに語って8時間、とか(午後に待ち合わせて、気がついたら閉店時間だったw)。
何年か前に友達のライヴを聴きに行ったときに対バンで出演されていて、それ以来ずっと気になっていて、いつかまた聴けたらと思っていた、フチモトリョウさんのライヴに思いつきで伺ってみたり、とか。
ハンチング+メガネ+細身+自虐キャラ(笑)というところに、妙にシンパシーを感じつつ(失礼か)ライヴを堪能したにもかかわらず、緊張のあまりろくに目も合わせられず何を喋ったかもよくわからないまま、CDを買っただけでそそくさと会場を後にしたり、とか(泣)。
 
新しい仕事のこととか。
これからの活動のこととか。
CDをリリースすることとか。
次回「ソラニワ」のこととか。
音楽とセクシュアリティの関係性についてとか。
HIV啓発やLGBTコミュニティにこれからどうやって関わっていけるかとか。
このジャングルと化した僕の部屋をどうしてくれようかとか(笑)。
 
ぐるぐる、ぐるぐると、いろんなことを猛スピードで考えています。
あと数日しかないというのに、やりたいことだらけです。
 
 
 
そっか。
そういえば、ライヴをやりたいと思ってるな僕。
これを待ってたんだった。
おかえりなさい、solaくん。ただいま、solaくん。

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ダイヤル117。

えー、いつもはこのblogへはmixi日記から見映えの良い内容だけを抜粋して(笑)転載しているのですが、たまにはオリジナルで綴ってみましょ、てなわけで、敢えて今日まで触れずにおりました近況報告などを。結構ヘビーな話ではあるのですが、自分では案外飄々としている感じなので、あまりあれこれと勘繰らずに、文字通りにお読みいただければ幸いです。
 
 
 
 
 
えー、わたくし、2月に、生まれて初めてカウンセリングを受けてまいりました。うつ病までは行かないけれど、抑うつ状態、だってさ。これまた生まれて初めて、安定剤を処方してもらっちゃった。
 
 
12月に職場を異動してからというもの、それはもうストレスが半端なくて。もともと社会不適合者の自覚がある自分だというのに、求められているのは超エリートサラリーマンへのオーダーばかりで。それまでの「まず人ありき」の環境に慣れすぎてしまっていた僕には、とことん成果主義、数字取れてナンボの今の環境はさながら異次元で、じんわりとアレルギーを起こしてしまっていたみたいです。
2月に入ってから特に、日曜日の夜になると心が重くて、明日また職場に行かなければいけない、ということがひとりで抱えきれずに、相方氏に辛くあたってしまう日々が続いてしまっていたのでした。
 
更に追い討ちをかけるように、2月下旬にトラブルが頻発してしまい、部下のミスは管理者の責任、てなわけでクライアントからは激しい叱責の嵐。
あなたにはこの仕事は向いていませんってさ。
あなたにはこの仕事を任せられませんってさ。
あなたにはこの仕事をする資格がないってさ。
直属の上司ならパワハラだと訴えれば勝てそうな程の罵詈雑言を聞きながら、ぽきっ、と何かが折れる音がした冬の夜を、たぶん僕は一生忘れないと思います。
 
ほら、だから最初から言ってたじゃんね。
僕にサラリーマンなんてできるのかな、ってね。
 
 
40人を超えるAGを抱えていたわたくし、みんなの契約更新だの面談だのも担当しなければいけないわけで、「えー、辞めるとか言わないでもうちょい一緒に頑張ろうよー」なんて台詞を今まで何人に投げかけ、それにYESと言ってもらったか。それなのに自分から真っ先に仕事を投げ出すなんて、どれだけ無責任なことだろう、と今でも思っているのだけれど、当然やらなければいけないことが山積みなのはわかりきっていたのだけれど、ごめんね、もうくたびれきってしまったんだよ。
 
タイミングがタイミングなので、クライアントに文句言われたから仕事辞めるのか、的な展開だったのですが、個人的には今の仕事で定年を迎えるイメージが全く持てずにいたこともあり、「次」のことはずっと考え続けていました。社員になる話をいただいたときも、異動の話をいただいたときも、あ、もしかしてこれも何かのチャンスかもしれないな、と思うことにして、とりあえず来た波には乗ってみることにしたものの、やっぱね、もともと泳げないヤツに波乗りは無理だった、ってことかと。
 
 
愚痴を聞くのは誰も好きじゃない、ってのはみゆきさんの歌詞ですが、だからこそ、愚痴を言うのが僕は好きではありませんでした。いつの間にか、ひとりで抱え込む癖がついていました。ネガティブな話を聞くとネガティブが「うつる」から、そういう人からは距離を置くようにするとか、それが生きる「コツ」なんだとか、そういうごもっともな話も耳にします。
 
そりゃあね。愚痴なんて、言わずに済むなら言いたくないし、聞かずに済むなら誰だって聞きたくないよね。でもさ。
誰にも打ち明けられない思いは、どこに持っていけばいいの。
飲み込んで飲み込んで、溢れ出てきてもそれでも我慢すればいいの。
口にするだけで軽くなれることって、もしかしたらあるんじゃないの。
それってそんなに、悪いことなの。
 
初めて受けたカウンセリングの場で、先生は自分でも驚くくらいに、何もかもをただ受け止めてくれました。肯定も否定もせず、ただそのままに。結論も単純明快でした。
いつも分析されたいわけじゃない、いつも答えがほしいわけじゃない。ただ聞いてほしいだけ。耳を傾けてほしいだけ。胸のつかえのなくなっていく音が聴こえるかのようでした。
 
速やかな休養が必要、と書かれた診断書を渡された病院の帰り道、ふと頭の中をこのうたがよぎって、不覚にも泣いてしまったり。


極端な言い方かもしれないけどさ、
仕事なんて、正直どうでもいいの。
生きてさえいければ、なんだっていいの。
ただひとつだけ、音楽だけは嫌いになりたくないの。
どうか離れていきませんように。それだけを願っていました。
 
 
それから、暫くの間は仕事を休ませてもらえませんでした。上司(直属の上司と課長)には診断書も見せてありのままを全て伝えて、退職・転職も含めて考えているということまで洗いざらい話したのですが、「私だって今病院にかかったら同じような診断書を書かれるかもしれない」とかなんとかのたまわれ、なんだか軽くあしらわれてしまった感じで。
「1ヶ月の休養が必要」と書かれた診断書はまるで読まなかったかのように、「いきなり休まれると仕事が回らないから」「クライアントに説明がつかないから」ということで、「この日まではとりあえず来て」「あとはだんだん来る日数を減らして」等々、最初から最後まで会社都合の話を繰り返されてしまいました。「そりゃタイヘン、とにかく休んで」なんて言葉を期待するのが間違いだったか。
 
まぁ、想像はついていましたが、つまりは単なる「コマ」なのよね。ココロを病みました、なんて従業員は、上司にとって「ジャマ」なのよね。それでも直属の上司は出来る限りのことをしてくれていたので助かりましたが、これでいざホンモノのうつ病になったとしても、責任なんて誰もとってくれないわけでしょ。
もちろん、自分の体調で会社にも周りにも多大なる迷惑をかけていることなんて、誰に言われなくたって自分がいちばんよくわかっておりますが、それにしてもさ。会社なんてそんなもんよね。とわかっただけでも収穫だったのかもしれませぬ。
 
 
そんなこんなで。わたくし、4月末をもって退職することになりました。
もう次の職場も実は決まっているのです。全くの異業種ですが。いろいろな意味で予想外の展開なのですが、振り返れば今までの人生まるごと予想外の連続だったしねえ(汗)。
歩く速さで、てくてくと行ってみましょか。

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2009.04.23

こんにちは赤ちゃん。

ここぞとばかりのライヴ三昧も、先週末で一旦ひと区切り。さすがにね、そろそろ自分に還元していかないとね。あんまり動きすぎて全然休養になっていない気もしなくもないし(汗)。
 
というわけで、土曜日は槇原敬之@東京国際フォーラム。
avex移籍以降のアルバムを軸に、潔いまでに新曲だらけのセットリストは、昔からのファンにとっては賛否両論なのだろうと思うのですが(正直、自分ももっと懐かしの曲もあれこれ聴きたかったしね)、じゃあ楽しめなかったかと言われると、そんなことは全くなくて。
ニューアルバムを殆ど聴き込めないまま当日を迎えてしまったので、自分にとっては大半がまるっきりの新曲だったわけですが、さすがのマッキー、コトバがどかんと飛び込んでくるウタヂカラのおかげで(しかもドラムが屋敷豪太だよ。あたしゃびっくりだよ)、たっぷり堪能させて頂きました。
 
そして日曜日は「ぐるぐるライブ」vol.2@groovys bar。
「ガチムチ中心のマッチョ、ガチ太、ポチャ、太めの10代〜40代の可愛くてかっちょいいガタイ系中心のお客さまが集まる」バーだそうで、こんなことでもないと一生縁がないだろうと思ったので(笑)、勇気を振り絞っての初訪問と相成りました。わはは。でも会場に向かっていちばん最初に会ったのはたむさんでひと安心(笑)。
 
この日のラインアップは、灯くん、藤本大祐くん、SEKI-NEくんという、いずれも「ソラニワ」を踏み台にしてくださった(笑)面々で。ワタシがあの日芽を摘まなかったばっかりにこんなに成長しやがって(笑)、てなほどに、みんななんだか貫禄たっぷりなライヴを聴かせてくれて、心地よいジェラシーを感じられたのがとてもよかったな。やっぱね、どうせライヴを聴きにいくのなら、「ちくしょー、次はアタシも頑張ってやるッ」と思わせてほしいもんね。楽しい時間をどうもありがと☆
 
灯くんはこの日がCD発売日ということで、わたくしもちゃんと買わせて頂きましたよ「PORT TOWER」。たむさんを筆頭に、僕のマイミクさんも多数参加されている力作なのですが、個人的にひとつだけ衝撃的な事実が発覚したんですよねー実は。1曲目の「群青」って曲なんですけど。
 
♪僕達は群れをなす青 何もかも全て赤ちゃん
 
じゃなかったのね……(笑)。(正解は「何もかも全て『分かち合う』」)
や、いつも、フシギな歌詞だけどなんかいいなあ、と思ってたんですけども。
 
 
ここだけの話、ちょっとだけCD作ってもいいかも、って思ったよ。でももう昔のやり方じゃ作れないからなあ。クリアすべき課題は多そうだな。

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2009.04.18

まっくら森の闇の中では。

緑内障の疑いがある、と告げられた日からずっと、いつか自分の目が見えなくなる日が訪れることを想像し、恐れていました。幸いにして、半年ごとの定期検診では今のところ進行が見られず、いつもと変わりない日常を過ごすことができていますが、防ぐための努力のできない病気だということが、僕を安心させてくれません。
 
そんな中、ふとしたきっかけで知ったひとつのイベントがありました。
「DIALOG IN THE DARK」

目以外のなにかで、ものを見たことがありますか?

暗闇の中の対話。
鳥のさえずり、遠くのせせらぎ、土の匂い、森の体温。水の質感。
足元の葉と葉のこすれる枯れた音、その葉を踏みつぶす感触。
仲間の声、乾杯のグラスの音。
暗闇のあたたかさ。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、まっくらやみのエンターテイメントです。

参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、
暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障碍者)のサポートのもと、
中を探検し、様々なシーンを体験します。
その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、
そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。


ずっと行きたいと思いつつ、気がつくとチケットがいつも完売だったのですが、今回縁あってチケットをお譲りいただけることになり(ありがとうございます)、やっと昨日、念願の初体験を果たすことができました。
 
 
とここまで書き進めたところで、僕のキーを打つ手がぱたりと止まっています。感動とも、衝撃とも違う、この体験から得た「何か」を、どうやってことばに表せばよいのか、ずっと書きあぐねているのです。でも、なんとかしてこの感情を誰かに伝えたくて仕方がないのもまた事実で。
百聞は一見にしかず、と言いますが、視覚を奪われた状態で体験するこのイベントは「一見」すらできないのです。なんとももどかしいのですが、ネタバレにならない程度に書いてみますね。
 
 
その空間は、一筋の光すらない、完全なる暗闇です。そこへ、そのとき初めて出会った人たちとひとつのユニットを組んで出かけます。手がかりになるのは、片手に携えた白杖、アテンドの方の案内、そして、声、音、手触り、温もり、空気の匂い、足から伝わる地面の触感など、視覚を除いたありとあらゆる感覚。そこがどんな場所で、どのくらいの広さで、どこに何があって、どんな色をして、どんな人がいて、その中で自分はどのあたりにいて、どちらを向いていて……いつもなら思いもよらないような「あたりまえ」が、何ひとつわかりません。でも、意外なことに、この空間だからこそ「わかる」こともたくさんあるのです。
音で距離感や方向を掴むということ。
人やものの気配を感じるということ。
声でそれが誰か認識するということ。
手を触れてそれが何かがわかること。
匂いでそこがどこか知るということ。
人を信じるということ。人の温かみ。
 
何度も周りの人にぶつかったり、手や体に間違って触れたりしてしまいながらも(ユニットの中には女性もいらっしゃったのですが)、そのことに対する不快感や抵抗感が面白いほどになく、手を繋ぎ、背中を追いかけ、先へ先へと進んで行きます。お互いに自然に声をかけ合い、名前を呼び合い、そこに何があるかを教え合い、共に進んでいるかを思い合います。普段の生活ではありえないスピードで、心を解放していることに気付くのです。何かを奪われているからこそ、何かを解き放とうとするのでしょうか。
どんな顔で、どんな服を着て、どんな年齢で、どんな肩書きの人でも、真っ暗闇の中では、誰もが「ただのひと」にすぎません。僕が朝起きて夜寝るまでの間外すことのないメガネも、何の意味も為しません。
 
最も自由にこの空間を泳いでいく、普段は「障碍者」と呼ばれるアテンドの方に導かれ、約90分間の旅はやがて終わりを告げ、仄かな灯りの部屋で語り合います。そして、並べられた椅子に思い思いに腰をかけたそのとき、僕たちはこの旅での最後の発見をするのです。
 
 
あんなに近くで会話を交わしていたユニットのメンバーとロビーで再会したとき、自然に少しずつヒューマンスペースが空いた状態で椅子に座ったのを見て、それもまた面白いなあ、なんて思いつつ、でもあのとき確かに感じた心の近さを、僕はたぶんずっと忘れないと思います。
いつか僕に訪れるかもしれない「その日」が、ほんの少しだけ、怖くなくなりました。みんなどうもありがとう。

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