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2008.07.04

ぼくらをつないでる秘密のヘルツ。

小道具としてラジオが出てくるうたは多い。みゆきさんだったら、カーラジオが嵐を告げている「あした」とか、ラジオから知ったかぶりの大相撲中継が流れる「蕎麦屋」とか。美里の「ムーンライトダンス」も、夏の夕暮れ時の雰囲気に妙に似合ってて好きだったな。その昔には杉真理が自分の友人や敬愛するミュージシャンの名前を愛情たっぷりに織り込んだ、その名も「Key Station」といううたもあったっけ。
 
世の中なんだかせかせかしているような気がします。例えば、一字一句、ましてや改行や行間なんかも味わいながら読むのが「本」だと教わったような気がするのですが、最近は何冊も何冊も短時間で読むことがスバラシイ、というのが流行のようです。好きなときに好きなだけ、時間をじっくりかけて読むもよし、最初にざざっと読んでもいちど最初から味わい直すもよし、時間という軸に縛られずに楽しめるのが「本」だと思うのですが、そういう考えはなんだか今どき時代遅れみたいです。そんなに急いでみんなどこへ行くのだろう。
 
時間軸に縛られずに楽しめるのが「本」ならば、徹底的に時間と向き合いながら楽しむのが「音楽」や「映画」なのかもしれません。3分の曲を1分で聴くことはできないものね。3分の曲なら3分間、時間をきっちり奪われることが、僕は案外嫌いじゃありません。あ、別に自分の曲がやたらと長い言い訳じゃあありませんよ(笑)。
 
今夜、久々にラジオを聴きました。自分がどうしても行きたかった6/6のイベントの模様がオンエアされたのです。別に流暢でなくても、途中で間違えても、たどたどしくても、決して上っ面ではない何かがこめられていて、そこに書かれている「ことば」を超えたものが伝わってくる、どの方もステキな朗読で、僕は聴きながら何度も泣いてしまいました。特に橋口亮輔監督は2月に僕が選んだ手記と同じものを読まれていて、なんだか自分がその場で読んでいるかのように、手に汗握りながら聴いてしまいました(自意識過剰)。
これが、途中の間合いの沈黙を全てトルツメして、間違えたらそこだけ喋り直してつぎはぎしたなら、「短時間で聴きやすい」番組に仕上がるんだろうかね。そうゆうことじゃないと思うんだけどな。長時間のイベントを(きっと)愛ある編集でぎゅっと凝縮した55分、早送りせずにじっくり時間を奪われながら、たっぷり堪能できて僕はうれしかったですよ。
 
 
大昔、自分の曲で「夜会」みたいなものをやろうとしたことがあって(や、諦めたわけじゃあありませんが)、そのとき考えていたオープニングのシーンに、ラジオが出てくるのですね。

夜。
ひとりぽっちでラジオに耳を傾けている少年。
ラジオからは……実は何も流れていなくて、
ただチューニング音だけが聴こえているのに、
楽しそうにラジオに耳を寄せ続けている少年。
少年は、実は耳が聞こえていない。
スピーカーのかすかな震えが、誰かの「声」だと信じて、
耳を傾け続けている、地球上の最後の人類。

テレビは、震えないんだよね。だから僕はラジオの方が好きなのかもしれない。

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